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11月8日 夕食 ムルマンドゥ 【釜山「食堂・屋台メニュー」全24食】

キムチのチとチゲのチ Ⅱ
【釜山「食堂・屋台メニュー」全24食】
11月8日 夕食 ムルマンドゥ

(文・写真 大野金繁)

夜の釜山駅前広場

釜山駅はセマウル号やムグンファ号の京釜線とKTX京釜高速線の発着駅。2004年に大改修が行われ、09年に拡張工事も完工、外観も内部も大都市の主要駅にふさわしいものになった。その明るくなった駅舎を背に横断歩道を渡り、最初の角を右に曲がった路地が、ロシア人の多い外国人街。夜は東南アジア系も目立ち、超ミニボディコンの姐さんたちが店の前で客を引いている。ロシア人はやや年増、東南アジア系はやや若く、東南アジア系の会話は、たぶんタガログ語だ。

1990年代のはじめごろ、この通りにはまだ「テキサス通り」の名があった。アメリカ海兵隊員が集う場所と紹介されていたが、そのころすでにロシア人が多かったと記憶する。極東や東南アジアとの貿易が増すにつれ、たむろする人々は軍人から船員へ、看板の文字は英語からロシア語へと変わり、しかし歓楽街としての役割はそのまま、というのがこの通りの歴史だろう。ガイドブックに「ひとりで出歩かないほうがよい」とあるように、確かにあやしげなフンイキが漂うが、店頭の丸椅子でビールを飲むかぎり、ぼったくりもなく、無体な勧誘にあうこともない。さほど危険はない、というのが実感であり、それ以上のことは、知らんです。

このテキサス通りに入らず、最初の角を左に曲がると「上海街」だ。古くからの中国人街で、近年観光資源のひとつにしようと表通りに面して上海門が建てられた。しかし門が釜山駅正面から南にずれて建つため、あまり目立っていない。また、長崎や神戸の中華街のようには中華一色に統一されておらず、ほかの通りと見分けがつかない家並に、中華料理店がぽつん、またぽつんと灯を点す。夜はけっこう淋しげだ。

それでも本格派(に見える)中華レストランが2、3軒あり、大衆中華の店はもっとある。その大衆中華料理店の中で、もっともにぎわう一軒に入った。

ちょうど2人組が勘定に立ったところで、4人掛けのテーブルにひとりで座らされた。ほかの席はすべて埋まり、目に見えるような歓談の声が、各テーブルから沸き上がっている。メニューはないかと首をまわしていると、店主らしき中年男が壁を指差し、その表示を吟味させる間もなく、焼き餃子にするか、水餃子にするかを問うてきた。活気がある店だけに店主の口調もシャキシャキしており、ここで考え込んだらオーダーはずっと先延ばしにされそう。で、急かされるままに焼き餃子を注文。直後、考え直して水餃子に変更。そっちがウリみたいなので。

店主は言った。

「じゃ、ムルマンドゥ(水餃子)にビール、それとエビチャーハンね?」

なんと、忙しい最中、店主はいつのまに人の心を読んだのか、エビチャーハンが追加されている。確かに私はチャーハン好きで、3度の飯より好きなくらい。しかし、それをなぜわかる? 

どうやら、店はエビチャーハンもウリらしく、店主としてはそれもすすめてくれてるらしい。だけどさ、まず餃子をアテにビールを飲みたいじゃない。チャーハンは飲んだあとにしたいじゃない。そう伝えたいんだけど、言葉ができない悲しさ、「エビチャーハン、いらない」としか言えなかった。ま、食いたきゃ、そのとき頼めばいいんだし。

ビールがテーブルに置かれた。コップにつごうとしたら、栓が抜かれていない。たいていの食堂系の店では瓶ビールの栓は客が抜くことになってるようで、栓抜きはダスターの横にあった。ダスターがテーブルにあるということは、ひょっとするとテーブルも客が拭くシステムかもしれない。それはないか。付き出しはキュウリ。中華系のタレがかかっている。

キュウリの付き出し

その間にも客は入れ替わり、ウエイティングも出ている。子ども連れも何組かいて、客層は幅広く、これだけ繁盛すると商売は楽しいに違いない。夢想に元手はいらないので、福岡で餃子屋を開いて大儲けをする夢を描きつつビールを飲んでいると、ムルマンドゥが盛大に湯気を噴きあげて到着。効果音を入れるなら「ドチャッ」がふさわしい音でテーブルに置かれた。

ムルマンドゥ

ああ、こりゃ、食いきれんわ。予想を超えた大ぶりの餃子が、数えると15個ある。上陸のその晩に、はやくも一人旅最大の難関に直面してしまった。

テーブルには醤油と酢と唐辛子の粉があり、自分で酢醤油を調合、唐辛子をこれでもかと振り入れ、餃子にまぶして皆さん食べている。それに倣う。

3個で飽きた。それがまだ12個残っている。ひとりの自分が呪わしく、気の合う仲間といっしょだったら、どんなに釜山の晩飯は楽しいだろうと悔しくてならない。

隣のカップルがうまそうにつまんでいるのは、いったん揚げた鶏肉を野菜といっしょに炒めたもののようで、メニューで確かめると「カンプンギ」という料理。少しずつ、ああいうのも食いたいわけだが、少しずつという慣習は、大枚をはたく韓定食をのぞくと、この国のどこにも見当たらない。私は黙々とひたすらに、いつまでも餃子を食った。もはやエビチャーハンのことは、心の片隅にも浮かばなかった。

福岡に戻って辞書をひいてみたところ、カンプンギは載っておらず。なんだろ、あの料理。

ムルマンドゥ/6000ウォン
店名/一品香
地域/上海街(釜山駅前)

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